広島地方裁判所呉支部 昭和44年(ワ)199号 判決 1974年6月07日
原告 新生タクシー株式会社
右代表者代表取締役 中川静夫
右訴訟代理人弁護士 高村是懿
右訴訟復代理人弁護士 原田香留夫
同 恵木尚
被告 共栄火災海上保険相互会社
右代表者代表取締役 有馬知機
右訴訟代理人弁護士 椎木緑司
右訴訟復代理人弁護士 門前豊己
同 新田義和
主文
1、被告は原告に対し金一、二六四、〇二五円およびこれに対する昭和四四年一一月二〇日以降支払済まで年六分の割合による金員を支払え。
2、訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一、当事者の請求
一、原告
主文同旨の判決ならびに仮執行の宣言。
二、被告
1、原告の請求を棄却する。
2、訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者の主張
一、原告
(一)(1) 原告会社(旧名称トキワタクシー株式会社)雇傭のタクシー運転手訴外徳川芳雄は、昭和四二年一二月九日原告会社所有の普通乗用車コルト四一年式車両番号広五う六七六三号(以下本件自動車という)を運転して業務執行中呉市元町三二番地先路上において訴外小武家竹一運転の軽二輪車に衝突して同人に重傷を負わせた。
(2) 原告会社は昭和四三年一一月五日右訴外小武家竹一との間に右事故に関し金二、七七四、〇二五円を支払う示談契約を締結した。
(3) 右示談金のうち、金一、五一〇、〇〇〇円は自賠責保険から支払われ、原告は残一、二六四、〇二五円を訴外小武家竹一に支払った。
(二)(1) 原告会社と被告会社との間に本件自動車について保険金額五〇〇万円、保険期間昭和四二年一二月五日より一年間の対人自動車賠償保険契約証券番号六一三四八号(以下本件保険契約という)が締結されている。
(2) 本件保険契約は昭和四二年一二月五日に成立している。原告会社は契約成立前に被告会社海岸取次代理店武沢誠に対し約束手形を交付して保険料を支払っている。
(3) 原告会社はその保有タクシーについて以前から被告との間に自動車保険契約を締結しており、昭和四二年一二月五日の数日前に期限が切れるから契約を更新するよう連絡があったので、前記代理店武沢誠に対し、同人の合意を得て約束手形により金九七、六三二円の保険料(六台分)を支払い、同手形は満期に支払われている。原告会社は以前から保険料支払を手形で行ってきたし、前記代理店武沢誠も保険料として受領している。同代理店は被告会社の代理人に当り、単なる仲介人ではない。また手形による保険料の領収が被告の監督官庁により禁止されているとしても、それは被告に対する規制であって、原被告間の契約の効力には影響がない。
(三) 仮りに約束手形による保険料支払が無効であるとすれば、訴外武沢誠は原告会社に対し保険料を現金で支払わなければならないことを教示せずに約束手形を受領し、かつ約束手形を受領した以上は自ら割引いて期日までに保険料を納入しなければならないのに、これを怠った不法行為によって原告会社の保険金請求権を失わせたことになり、被告会社は訴外武沢誠を代理店として使用してきたものであるから、民法第七一五条により、保険金同額の損害賠償の義務がある。
(四) よって前記保険契約により、予備的に民法第七一五条により、金一、二六四、〇二五円およびこれに対する訴状送達の翌日以降の商事遅延損害金の支払を求める。
二、被告
(一) 原告主張(一)(1)(2)(3)の事実は不知。
(二)(1) 原告主張(二)(1)の事実を認める。
(2) 原告主張(二)(2)の事実を否認する。原告は昭和四二年一二月五日に本件保険契約の申込をしたが、保険料の支払をせず、保険料は被告会社海岸取次代理店武沢誠が同年一二月一二日に同人名義で金融機関から借入れて同日原告のため立替支払したので、同日に本件保険契約が成立している。仮りに同月六日に本件保険契約が成立したとしても、統一自動車保険普通保険約款第三章一般条項第一条第三項により「保険期間が始まった後でも当会社は保険料領収前に生じた損害をてん補する責に任じない」旨規定されている。本件事故は昭和四二年一二月九日に発生したものであり、保険料支払の前であるから、保険金支払義務はない。
(3) 原告が被告会社海岸取次代理店武沢誠に保険料相当分の手形を交付したこと、同手形は満期に支払われたことを認めるが、右手形は右武沢誠が原告のため保険料を立替払するために訴外銀行から融資を受けるために授受されたもので被告に対する支払に当らず、しかも手形交付は昭和四二年一二月一二日になされている。取次代理店は被告の代理人でなく、仲立人にすぎないし、保険料を手形で領収することは保険募集の取締に関する法律違反、保険業法違反のおそれがあるというので大蔵省から禁止されており、被告は保険料そのものを手形で領収したことはない。
(三) 原告主張(三)の事実を否認する。
第三、証拠関係≪省略≫
理由
一、≪証拠省略≫を綜合すると、原告主張(一)(1)(2)(3)の事実を認めるに足りる。したがって原告と訴外小武家竹一との間の示談金二、七七四、〇二五円から自賠責保険(強制保険であって、≪証拠省略≫によれば元受会社は被告と認められる)から支払われた金一、五一〇、〇〇〇円を差引いた残金一、二六四、〇二五円について本件保険契約の対象となるか否かが本件の争点である。
二、原告会社と被告会社との間に本件自動車について保険金額五〇〇万円、保険期間昭和四二年一二月五日より一年間(成立に争いない甲第四号証の保険約款第三章第一条によれば同年月日午後四時から同四三年一二月五日午後四時まで)の対人自動車賠償保険契約(本件保険契約)が締結されている事実は当事者間に争いがない。成立に争いない甲第四号証によれば本件保険契約証券は昭和四二年一二月八日に作成され、契約年月日は昭和四二年一二月五日と記載されているので、本件保険契約はおそくとも昭和四二年一二月八日以前に成立したものと認められる。ところで前記甲第四号証によれば、本件保険契約保険約款第三章第一条の二において「保険期間が始まった後でも、当会社は、保険料領収前に生じた損害をてん補する責に任じない」と定められていることが認められ、本件保険事故が発生したのは前認定のとおり昭和四二年一二月九日であるから、前記争点は同日以前に保険料が支払われていたか否かに帰着する。
三、そこで保険料支払の日時について検討するのに、≪証拠省略≫によると被告会社海岸取次代理店武沢誠が被告会社呉出張所に保険料を入金したのは昭和四二年一二月一二日であると認められることおよび弁論の趣旨に照らし、問題となるのは、(一)保険料支払に関し取次代理店は被告会社の代理人であるか、(二)保険料支払は約束手形をもってできるか、(三)原告は何時約束手形を取次代理店武沢誠に交付したか、の三点である。
(一)について検討すると、≪証拠省略≫によれば、保険契約者は保険料を取次代理店に支払い、取次代理店はこれを被告会社の出張所に交付する仕組で、被告会社はあらかじめ被告会社の記名押印のある保険料領収証を取次代理店に預けてあって同店は同領収証に必要事項を記入して契約者に渡すことになっていたと認められるので、保険料領収につき取次代理店は被告会社の代理人であったと判断する。
(二)について検討すると、≪証拠省略≫によれば大蔵省銀行局長から損害保険会社あてに手形による保険料領収を絶対行わないよう通知のなされている事実が認められるけれども、同証によればこれは損害保険会社に対する指導であって、保険加入者に対する指導ではないと認められ、かつ手形による保険料支払を無効とする趣旨とも解されない。
(三)そこで原告の約束手形交付の趣旨および月日について検討する。≪証拠省略≫を綜合すると、原告および訴外観光タクシーがそれぞれ前記武沢誠に約束手形各四通を交付し、同人はこれら手形を昭和四二年一二月一二日に訴外呉相互銀行に裏書交付して金融を得て同日被告会社呉出張所に入金している事実が認められるが、これら手形はいずれも振出年月日の記載がなく、また前記甲第一号証の保険料領収証にも領収日の記入がない。そして古川清人証言、吉川忠夫証言、武沢誠証言を綜合して考えると原告会社と訴外武沢誠との間には約束手形をもって保険料支払とする了解があったと認められるけれども、約束手形交付の月日に関しては古川、吉川各証言と武沢証言とは対立矛盾し、金融を得てから手形交付を受けたとの武沢誠証言をそのまゝ信用することはできない。結局昭和四二年一二月一二日以前の何日に手形交付がなされたかについては明確でない。
(四)ところで、前認定のように昭和四二年一二月八日に被告は保険期間を同年一二月五日から一年間とする保険証券を作成しており、右を保険期間とする本件保険契約の成立が認められる以上、「保険期間が始まった後でも当会社は保険料領収前に生じた損害をてん補する責に任じない」約款は被告の抗弁事項であって、保険料領収が損害発生後であることの立証責任は被告にあると解される。したがって前記のようにこの点に関する十分な立証のない本件においては被告は本件保険契約による責任を免れない。
四、以上の理由により原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用について民事訴訟法第八九条を適用し、仮執行宣言はこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。
(裁判官 花田政道)